一人飲み
50歳代前半は、職場以外はほとんど家にこもりっきりの生活でした。
アルコール依存によるうつ状態というやつで、人と交わるのが嫌で飲み会も断って家で一人で飲むのが唯一の楽しみでした。
しかし平日の朝は特に針のむしろ状態で、職場に行きたくないと思う気持ちが強く、しかし生活のために何とか職場には行きました。
この頃は、職場に車で通っていて飲酒運転の罰則が厳しくなった頃で、平日朝から飲酒して職場に行くのだけは絶対しませんでした。
飲酒運転は即懲戒免職になるからです。飲むためには働かなければならないという意識は強く持っていました。
虚構のプライド
そんな事が5年ほど続き、知り合いで60歳で亡くなったアルコール依存症患者(数回入退院をした)のことを思い出したり、またネットの依存症の体験談などで恐ろしさなどを間の当たりにして、なんとか自分の人生を取り戻したいと思ったのは50歳半ばのことでした。
若い頃に身につけた虚構のプライド、虚栄心などで誰にも相談できないし、ましては病院に行くなどもっての他でした。
闇雲に1日酒を抜いてみても、夜は寝れないし昼間はうつの気分がさらに高まり、手も震えがきたりで散々でした。
坐禅との出会い
そんな中で一番の情報源はインターネットでした。
藁をも掴む思いで色々な情報を集めました。
ネットでは依存症になると断酒しかないという記事ばかりでした。
そして断酒のために入院してもほとんどの人が再入院するとも書かれていました。
入院などしても自分は絶対断酒できないと確信めいたものがありました。
そんな中で断酒とは関係ないが、坐禅の記事が目に留まり引き込まれるように引きつけられていきました。
今までの駄目な自分を治すにはぴったりの方法ではないかと夢中になりました。
そんなことから近くの坐禅道場に通ったり、本を買いあさり毎日少しずつ坐禅を行うようになりました。
アルコール依存から自分を救うのはこれしかないという思いで、初めは毎朝15分坐禅を行い、徐々に30分に増やしていきました。
3ヶ月目からは朝晩2回行うようになりました。
体調などにより1回もできないことがありましたが、なるべく毎日続けることを心がけました。
当然坐禅をしていても毎日飲むことは続きました。
輝く人生の始まり
そんな中で6ヶ月目に入った頃に、坐禅の最中に妙な快感を感じてすごく幸せな気分になったことがありました。
坐禅を行う日数が増えるにしたがって、幸せな感じを味わう頻度が多くなってきました。
この幸福感は、それまでのうつ状態を一気に払拭してくれるもので、「人生は素晴らしくそして輝いているものなのだ」と本当に感じるものでした。
これは、坐禅をすることによって脳内にセロトニンが出てきて、そのような作用をもたらすことが最近の脳科学で分ってきました。
この気づきは本当に素晴らしいもので、坐禅は禁酒の離脱症状緩和に役立つと直感で分かりました。
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