生きる喜びを感じる方法

体と心をかさね合わせる生き方!それが生きる喜びをもたらす

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今に生きる

今の時代は生きる喜びを感じることが

難しい時代だといいます。

ネットなど便利なものはたくさんあるが、

継続的に人に喜びを感じさせるものはないでしょう。

 

禅には体と心をかさね合わせるという考え方があります。

体と心をかさね合わせるとは、

今行っていることに意識的に集中するということです。

今していることに自分の心を置いていくとも表現できます。

 

例えば歩いているときには歩いていることに専念して

他のことを考えないということです。

ほとんどの人は歩きながら考え事をしている

のではないでしょうか。

歩いているときは無意識に歩けますから、

なお更考え事がしやすいのです。

 

ご飯を食べているとき、食器を洗っているとき、

掃除をしている時も誰しも考え事をしているはずです。

この状態は体と心が離れている状態になります。

何故かと言うと体は歩いているのに、

心は歩いている以外のことを考えているからです。

 

喜びの少ない人生

このような体と心が離れた生活を長年していると、

次第に現実味が薄い味気ない人生になってきます。

喜びの少ない人生になると言って良いでしょう。

 

どこか自分の人生でない他人の人生を生きている

ような気分になるのです。

そのような人生では喜びも少なく苦しみ悲しみが

中心の生き方になってくるのです。

 

丁寧に生きると人生は変わる

坐禅では作務と言って、掃除をしたり、料理を作ったり、

茶碗を洗ったりする作業がありますが、

それはその作業に専念してそれ以外のことは考えない

という修行なのです。

 

なぜそのような作業をするかというと、

今に専念するためです。

今に専念するとは、体と心をあわせるということです。

禅ではこの考え方が非常に大事にされています。

 

体と心をあわすことは瞬間瞬間を丁寧に生きていくともいえます。

そのような今に生きる練習をしていくと、

生きることが楽しくなってきます。

特に楽しい理由があるわけでもないのに、

一瞬一瞬生きていることが喜びになっていきます。

 

この感覚は非常に重要なことで、

他に依存しなくてもただ存在していることが

喜びになってくると人生の見方も変わってきます。

 

喜びが沸き上がる生き方

高いお金を払って海外旅行に行かなくても、

歓楽街に行って普段の憂さを晴らさなくても、

何もしなくても喜びが湧き上がってくるのです。

 

実は体と心があわさっている時は

坐禅をしている時と同じなのです。

坐禅の最中は雑念も沸きあがってきますが、

それに囚われないでほおっておくと

自然に雑念は消えていき、

そうするとだんだん心が澄んできて

なんとも言えない恍惚感がふつふつと沸いてきます。

 

これは座禅をすることによって

脳内にセロトニンが出て快感を得ることは

脳科学で実証されています。

 

新しい世界感

楽しみというと何か他の世界に行かなければ

得られないと思いがちですが、

実は自分の体から快感物質が放出されて

喜びに浸ることができるのです。

 

このことは、将来非常に大事な人間の価値観になると思います。

21世紀になり世界のエネルギー消費が益々膨大になり、

このままいくと地球は必ず大変な事態が

引き起こされると予想されています。

 

そんな中で、もう一度世界を見回してみると、

実は青い鳥ではないですが、

他に頼らなくても自分ひとりでも喜びを作る出せることに

皆気がつきだすと世界は一変することでしょう。

他のことに左右されない絶対的な価値観を持つことは

人生の素晴らしい支えになることでしょう。

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