読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

どうして人は幸せを求めるのだろう

発展のもたらすもの

世の中が発展すればするほど、不幸な人が増えていくような気がする。

特にこの20年のITがらみの発展は凄いものがある。

思えばインターネットで世界中の美術館巡りが出来るとは、こんな幸せなことは美術音痴な自分でも感激する。

ただひたすらに

自分が子供だった昭和30年代は、子供たちはみんな鼻水を垂らしていたが輝いていた。

みんな自然の中で遊び、自然に溶け込んで時間感覚もなくなり気が付けば夕方になり、慌てて家に帰ったなんてことは何時もの事だった。

何も考えないで、ただひたすら目の前の自然と戯れる幸せ感。

考えるのは知的な脳を持った人間だけと言うが、動物も幸せそうにしてるなと直感で思うことがある。

猫が何かとじゃれ合っている時など幸せそうだ。

自分の子供時代の何も考えないで自然と溶け合った楽しい記憶、登山などをして山とただひたすらに何も考えないで一体となる幸福感。

どの幸福感も、何も考えずにただひたすらに何かをしている時に感じるものである。

実は考えれば考えるほど人は不幸になっていくものである。

幸せになりたいと思はない人はいないだろう。

幸せを考えれば考えるほど、なぜか不幸になってしまうと思う人が多いのはそのためだ。

若い頃は、酒を飲むと幸せだった。

もっと幸せになろうとドンドン飲んだ。

長年そうして不幸になっていった。

やはり幸せを求めると不幸になるのだ。

何も考えない、求めない幸せ

坐禅は何も求めない、何も考えない修行である。

数千年以上前から坐禅はあるけれども、幸せを求め続けた結果行きついた究極の方法ではないだろうか。

お釈迦さまも坐禅で悟りを開いたと言われている。

幸せになりたいのなら何も求めない、何も考えるなということなのだ。

スポンサーリンク

 

あなたの夢が叶いますようにポチットしてください

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ