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病気は自分で治すものだろう

多すぎる患者

大きな病院に見舞いに行ったりすると、診察を待つ患者の数に驚くことがある。

2時間待ちはざらにあるようで、中には朝一番で受付しても午後からの診察になることもあるらしい。

3分診療と良く言うけれども、それでもこんなに待たされたらたまらないだろう。

病院で病気は本当に治せるのだろうか。

医者は人を救ってくれない

医療改革などがあり、病院も大変な時代に入ったらしい。

全国的に有名な大病院なら経営も安泰であるが、中小都市の大病院でさえ経営は苦しいと言う。

医者はたくさん量産されたけれども都会に集まるため、地方の病院は高額な給料で医師集めをしなければならなく、さらに経営を苦しくさせるという。

そうなると病院も民間企業化しなければ生き延びることができなくなる。

病院の民間企業化ほど恐ろしいことはないだろう。

人を商品と同じ目線で扱われると感じるのは自分だけだろうか。

患者をいかにして取り逃さないか、薬の大量投与で儲けたいと思うのは民間企業の常道である。

 

医者の資質

昔はそれほど恵まれた収入が見込まれなくても、本当に人助けをしたいがために医者になった人は多くいた。

今はどうだろうか。

医者になるための大学に入るためには子供時代から高額な塾通いはもちろんのこと、勉強一筋の青春時代を強制される。

親も相当な収入がなければ医学部入学は不可能である。

地方のあまり知られていない大学の医学部に入るにも、東大の理科一類に合格する程の学力が必要と言われている。

そうなってくると成績の良い順に医学部を志望するようになり、医者の資質は全く関係のない話になる。

例えば、プログラミングが大好きな人が、医者になり人のために働くことがはたして出来るのだろうか。

勉強一筋の青春時代を送った人が、はたして病人の気持ちに同調出来るのだろうか。

子供時代から皆いわゆるエリートである。

そんな人たちが全てとは言わないが、2割の法則からすると、まともな医者と言われる資質の人は2割しかいないことになる。

 

薬の効果

ペニシリンなどの抗生物質などは細菌を殺菌する薬で、ブドウ球菌や肺炎球菌などに強い殺菌作用があり非常に有り難い薬である。

昔は、今の癌のように結核で多くの命が失われたが、抗生物質のおかげで今はほとんどの人が治癒する時代になっている。

このように画期的な薬は他にほとんどないことを皆知っているだろうか。

風邪を治す薬、水虫を治す薬を発明したらノーベル賞を貰えると言う。

今の風邪薬は、例えば鼻水を抑えたり、熱を下げたりするだけで根本的な風邪の治療はしていない。

下手に熱を下げると風邪が長引くと最近になってやっと話題になってきた。

 

人体の驚異

人体は素晴らしいもので、風邪を引くと38度前後の熱を出して身体の免疫力が最高に発揮する体温に上げるのである。

それを風邪薬などで体温を下げるので風邪をこじらせてしまうのである。

病気が治るのは、何億年も生きてきた生命が自分の免疫力で治すもので、決して医者が治すことはできない。

薬もほとんどが症状を緩和(痛みなどを無くす)するだけで、実は治癒する助けにもなっていないのが実情なのである。

手術で開腹したとしても、傷口をくっ付けるのも自分の生命力のなせるワザで、糸で縫ったからふさがる訳ではない。

 

薬の限界

全ての薬が悪いと言ってる訳ではなく、これも2割の法則でまともな薬は2割くらいと考えた方が良いだろう。

製薬会社も大変な時代で、ありとあらゆる手法で国・大学などに媚びを売ってるのは承知のとおりである。

特にうつ病などの疾患については、良い薬が注目されることもあるが、いつしか昔ながらの薬に戻っていくような状況である。

自分の知人にもうつ病の人が数人いるが、数十年薬づけで一向に改善しない人もいる。

 

病気は自分で治す時代

本当に良い医者に出会うのは至難の業と感じる。

出会えたとしても普通の人は何年も待たなくてはならないだろう。

かといって下手な医者に掛かっても、商品として扱われるくらいなら関わらない方が良いだろう。

 

医者に殺されない47の心得を書いた近藤誠医師に全く同感である。

自分は医者に見切りをつけた人間である。

アルコール依存症にしても、うつ症状にしてもネットなどで情報を調べて、そして改善して今は普通に働き普通に生活をしています。

本当に重症な病気以外は自分で治すことが出来る時代になっていると感じます。

世界中のサプリメントを研究して病気を治すきっかけにしても良いと思いますし、無限に世界は開けています。

ただ、感染症も含めて病院でしか治せない病気もあることは確かですし、それを見極める力を付けることが一番大切ではないでしょうか。

 

未病のうちに改善する生き方

未病と言いますが、まだ本格的な病気になる前に自身の免疫力で改善してしまうのが一番良い生き方です。

そのためにはヨガ・気功・太極拳・そして坐禅など東洋には身体の免疫系に有効な、病気を未然に防ぐ方法がたくさんあります。

是非とも人任せにしないで、自分の身体は自分で守る考え方・習慣を身に着けて元気で長生きを実践したいものです。

 

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どうしてこうなんだろう

人は繰り返す

今までの人生で何度この言葉を使ったことか「どうしてこうなんだろう」と。

 

禅的な考え方では一瞬一瞬毎回新しい世界が始まっていると言う。

寝る前に歯を磨くことは無意識のうちに行われていてそれを習慣と言う。

考え方も同じく、何十年も生きていると知らず知らずに条件反射のように決まった考え方になってくる。

例えば子供の頃に、勉強しないと良い所に就職できないとか、女性は結婚することが一番の幸せなどなど、親、学校の先生、周りの友人などから数え切れないほど色々なことを教わり洗脳されてきたのではないだろうか。

親たちにしてもその親(お爺ちゃん、お婆ちゃん)から同じく洗脳されて、それが子供たちに鏡のように反射して伝わっていく。

 

人生の転機

そしてそれは大人になっても無意識の中に定着しているので、よほどのことがない限り変わることはない。

人生の中で大事件、大事故などを経験して、いわゆるどん底を経験した時に様々な洗脳されていたことの誤りに気づき人生が一変することがある。

 

どんな人も一度それを信じ込んでしまうと、平凡な日常の中で変えるのは至難の業と言っていいだろう。

よく頑固じじいなどと言うが若い人も同じではないだろうか。

 

人生の羅針盤

自分のことで「どうしてこうなんだろう」と思う時は、自分を卑下している時だ。

その言葉を無意識によく使う時は、自分の考え方・生き方を変えなさいと言うシグナルである。

無意識の更なる奥に本当の自分の羅針盤がある。

しかし平凡な日常を送っている人はそれに気づかない。

事件・事故などはその羅針盤に気づかせてくれる引き金になる。

坐禅で透明な心になってくると、羅針盤が姿を現す。

 

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