社会はパワハラ、セクハラでできている!転職しない強い心を持とう

医者、弁護士、教授、監督、会長などと聞くと

さぞかし優秀で人間的にも優れた人達なのだろうと

皆思うものです。

今年は監督、会長、高級官僚のパワハラ、

セクハラなどの不祥事に揺れた一年でした。

誰もが感じる社会の生きづらさの根元が

そこにあるからなのです。

パワハラなどは、何処の会社、組織、グループにも

共通して存在することなのです。

肩書きという鎧にそろそろ皆気付く時が来たようです。

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肩書きに頼る社会

世界的に見ても日本の名刺ほど

異端なものはないでしょう。

どこどこの会社の何長など事細かに

職場のポストが書かれています。

なぜ日本の人々はそれ程までに

肩書きにこだわるのでしょうか。

 

それは独立心が無いからです。

何かに支えられ支え合うのが

古来からの日本人が編み出してきた

無難な生き方なのです。

 

肩書きの虚像

医者なども働き始めの若い時期は

患者の身になり献身的に働きます。

しかし患者の身になりすぎると

自分の体が持たないことに気づき、

ある時期を境に変貌せざる得ない

状況になります。

それ以降は差し障りのない他人事のような

診療になっていくのです。

 

大学の教授なども熱血漢な人も稀にいますが、

50歳も過ぎると波風のない生き方しかできない

肩書きに頼った生き方になってきます。

 

このように皆若い頃は素晴らしい情熱を持って

活躍するのですが、中年以降はその勢いに乗り

惰性で楽な生き方をしてしまうものです。

 

権力の結末

そんな人は、仕事を辞めてからも

昔の肩書きの心地良さが忘れられずに、

会長だの部長などにつき権力を行使することに

終始してしまいます。

 

特にこれと言った特技や趣味のない人は

肩書きを持つことが何より心の拠り所に

なってしまうのです。

そうなると自分では気付かないけれども、

周りに嫌われ疎まれることになるのです。

 

それが今年の一連のスポーツ界の事件を

象徴してると思います。

高齢者といわれる人で

いまだに権力のある部署にいる人は、

是非とも若者に道を譲ることを

選んでもらいたいものです。

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