悟りについて

悟りと聞くと、坐禅などによりお坊さんが

長年苦しい修行を積み重ねやっとたどり着いた境地と考えます。

悟りを開くと全てのことを達観して見ることが出来て、

全ての苦しみから解放されるというイメージがあります。

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悟りとはなにか

悟りを開くとは、悲しみ、苦しみなどを感じなくなる

ということではありません。

普通の人と同じく、悲しさ、苦しみは感じますが

それに囚われないということなのです。

 

ある感情が沸き上がっても、それに囚われずに

すぐ忘れてしまうと言った方が

分かりやすいかもしれません。

 

悟りを開いた人は、悔しい思い、妬み、嫉妬など

普通の人と同じく感じますがそれに引きずられることがなく、

次の事象に心を傾けていくのです。

言い換えると心が瞬間瞬間に起こることに

集中していきますから、心が留まることはないのです。

 

普通の人は悲しみ、苦しみがあったときに、

そのことに意識を集中して考えてしまうので

悲しくなったり苦しくなったりする気持ちが

増幅するのです。

 

物事の良し悪し

禅的な考え方では、世の中にある物事は良いも悪いもなく

ただそこに事象があるだけで、それを判断するのは

人間の心であるといいます。

 

分かりやすくいうと、

善悪は人が勝手に判断してしまうだけであって

物事には良いも悪いもないということです。

 

悟りの誤り

よく勘違いされやすいのは、悟りを開き欲望、執着を消せば

悩み、苦しみも無くなるという考え方です。

 

悟りを開くのは所詮生身の人間なのです。

人間である以上欲望、執着を消すことは不可能なのです。

どんなに修行しても、喉が乾いたら水を飲みたくなるし

睡眠をとらなければ生きていくことは出来ません。

 

悟りの境地

悟りは欲望、執着を消すのではなく、

ありのままにそれを人間のサガとして受け入れるけれども

執着しないということなのです。

 

悟りとは、空腹の時にまんじゅうを見て食べたいと一瞬思うけれども、

次の瞬間に目に入ってきた隣の綺麗な女性に心を奪われて、

まんじゅうの事はすっかり忘れてしまうような生き方をすることなのです。

 

悟りとは、何が起きても全てを受け入れてしまい

尾を引かないということです。

 

悟りとは、決して物事が起きた時に動じなくなるのではなく、

それにこだわらず忘れてしまうことなのです。

 

このような境地に近づくと生きることが楽になるし

人生を軽く生きることができます。

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