人はどうして輝きを失うのだろう

純粋な目

世界には未だに食糧難で食べることも困難な地域が沢山あるという。

そのような地域の子供達をテレビなどで見ていると

本当に純粋な綺麗な目をした笑顔に出会うことがよくある。

日本の子供達には見られない輝きを持った目は

どの様にしてできあがるのだろうか。

 

幸せの基準

必要な物がすべてそろい、何不自由のない生活が

はたして幸せなのだろうか。

先進国になり国が豊かになればなるほど

精神を病む人が増えてくると言うがなぜなのだろう。

 

食べることも困難な地域では、

生きることそのものが冒険といえるだろう。

今日食べることで精一杯で、食べなければ命はない。

つまらないことに悩んでいる暇はない、命が大事だから。

まさにある意味冒険ではないだろうか。

それに比べて我々先進国で世界的に見れば裕福と言われている国では、

衣食住はすべて足りていて満足している。

にもかかわらずそれ以上に求めることが多すぎて、

それを手に入れることが出来ないことに悩んでいるのである。

 

特に人間関係などは、

人が集まればどこの国でもいざこざはあるものだが、

裕福になりすぎてる国の人々はそれすら解決できると錯覚して悩む。

全ての悩みが解決するまで悩み続けるのである。

だれが考えても全ての悩みが解決することは不可能だろう。

人は悩みと共に生きていくことしかできない。

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輝きを失う時

人は歳を取るから輝きを失うのではない。

80歳になっても輝いて生きている人はたくさんいる。

年齢にかかわらず人は冒険をしなくなった特に、魅力を失う。

と同時に体から覇気が消えて目の輝きが失われてくる。

 

公務員や大企業に勤めて安定した生活をしている人で

魅力的な人はほとんどいない。

就職したばかりの時は皆張り切って魅力的に生きているが、

10年もすると皆同じ風貌になり

どっぷり安定した生活に浸かるため目の輝きも失われる。

 

輝きを取り戻す生き方

冒険をすることで輝きは取り戻すことが出来る。

何もインディージョーンズみたいな

命がけの冒険のことを言っているのではない。

 

一人旅をしたことがない人なら、

1週間北海道にあてもなく一人で出かけるのも冒険だし、

資格を取るために休日をすべて勉強に充てるのも立派な冒険である。

 

冒険とは今までの自分の思考の限界を超えることであり、

冒険は人それぞれ大きさも内容も違う。

今まで何らかの制約で出来なかったことを

実行することはすべて冒険と言える。

 

酒を止めることが出来なかった人が禁酒することも冒険である。

冒険をして魅力的な人間になりたいものである。

 

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